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めじるし。

右側の、ふたつめの星を朝までまっすぐ。

2015年を振り返って。

2016年もいつのまにやら始まっておりますが・・・。

せっかくインドにいる間に色々記録しようと思っていたのに、ブログも放置したままはや赴任期間も残り約2ヶ月を切りました。
仕事に関しては月報やら四半期ごとの現地レポートやら色々書いてはいるのですがね。
プライベートも含めてけっこう色々あったりするのはSNSに写真をアップするくらいでまとめて書いてはいないのであります。。
去年は年末年始学会やら何やらで死に掛けていて振り返りもかいてないので、今年は書いてみよう・・・。
(旅日記を放置しているのは気にしない・・・してるけど・・・ネットが重すぎて写真がなかなかアップできないのが敗因。。。このエントリもテキストだけなら1月頭に書いたんだけどね。。。節分も過ぎたわね・・・。

1月

インドでは西暦のお正月はほとんど平日なので、1月2日からジャイプールで国際学会があり、招待講演をすることに。。。少人数のセミナーでは英語でプレゼンしたことあったけど国際会議だなんて><と泣きながら準備。年末年始はインドで過ごしました。。。
しかし、国際会議といいながら、招待講演の私とドイツ人以外は全員インド人で途中から司会も英語が面倒になったのかヒンディー語になってきたり、ほんとに国際(?)会議???と思いましたが。そして学会後のシティツアーでは、インド人参加者が時間通りに来なくてみたかったところが閉館したり、帰りもバスの集合時間に遅れる!と私とドイツ人は超焦っていたのに、インド人は悠々と靴を試着したりとか。。。結局集合時刻をだいぶ過ぎてからバスがやってきました。。。インド時間ね。。。

涼しい時期は学会シーズンなので1月だけでこれ以外にも学会とセミナーに3回出ている。
学会でしゃべることになったので適当すぎる英語を何とかしようと2014年末から英会話に通い始めていて、1月からヒンディー語学校にも通い始めていたのでダブルスクールでちょっとしんどかった。。。
あとは委託調査の資料収集を頼まれたので、自分の本業の調査そっちのけでめっちゃ選書して本買った!!!!!
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お正月に帰国できない私を哀れんで出張のおみやげにおもちとあんこの缶詰をもらったので元旦にはなんとかインドで手に入る材料でお雑煮を作り、あんこもちを食べた。

時間切れで入れなかった風の宮殿と、学会の帰り道で乗せてもらったラクダ。


2月

デリー国際ブックフェアでまたしてもいっぱい本買った!
あとは政府機関でも資料収集。
それらの収集した資料を日本まで送るのにめっちゃ苦労しました。。。その話は別途レポートを公式に書いたので私の身元をご存知の方は探すとインターネット上のどこかにあると思います・・・。
あとは日印共催(?)のセミナーがデリーであったので、日本人研究者の方や学生さんにもたくさんお会いしました。
2月後半くらいから3月にかけてだんだん気候があたたかくなり、ムガールガーデンと呼ばれる大統領官邸のお庭がこの時期だけ限定公開されるので、デリー在住のインド人男性とご結婚されている日本人女性の会のみなさまに混ぜていただいて、花盛りのお庭を見学してきたり。
あ、ポンディシェリとオーロヴィルに旅行に誘われていったのも2月だったかも。
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国際ブックフェア。
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政府刊行物の倉庫にあった前年の官報の山。(隠し撮り(^^;

3月

インド最大のお祭のひとつ、春の訪れを祝うホーリーと呼ばれる水かけ祭り(外を歩いていると手当たり次第に色粉をつけられたり色水の入った風船や水鉄砲で攻撃される。)が3月6日にあったけど、職場のライブラリアンにも、ヒンディー語の先生にも、危ないから外に出ないほうがいいよ・・・と忠告されました。。。2時くらいにピークを過ぎると聞いたので夕方ちょっと様子を見に近所の公園に出かけてみたら、カラフルな色の粉と水でっぽうで地面やら人の服やら顔やら野良犬の毛皮やらが染まっていました。偵察して帰ってきたら、「粉つけられてないの?」とアパートの門番の人がそっとおでこに赤い粉をつけてくれた(^^;
ちょうど来印から1年目にあたるので、Foreign Regional Registration Officeでの外国人登録の更新も。
これが最初の登録時より大変で、ウェブにリサーチビザの場合の必要書類が載っていなかったので、あの書類が足りない、それのコピーも出せだの言われて何度も出直しをさせられました。。。
そして年末年始に帰国できなかったので、有給をとって1年ぶりに日本に帰りました。
職場に挨拶して、東京ドームでコンサートみたり友達に会ったりしてから実家へ。
あ、初めてインドの結婚披露宴にお呼ばれして出席したのも3月末でした。式じゃないからいろんな儀式はみていないけど。
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ホーリーで粉まみれにされている人々の様子(TV)
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実家に帰ったら3月なのに雪があったので、めいっこに作ってあげた春のゆきだるま。このあと喜んで手に取っためいっこ(2才)に見るも無残に破壊されました(^^;
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インドの結婚式。花嫁は鼻ピアス必須。

4月

ネパールで大地震があったのは4月でした。デリーも小さいながらけっこう長く揺れたので、こりゃどこかで大きな地震があったにちがいない、と思ってニュースをチェックしたところ、直後には「デリーで地震の揺れ」、数分後には「北インド、ビハール等」という表示で、震源がネパールであることや地震の規模などがわかるまでにはやや時間がかかった。。。日本は即座に震源地震の規模が出るけど、それってけっこうすごいのかな?と思いました。
あと、なぜかこれ以外のときでもインドでは地震の情報に関する詳細データはアメリカのものが引用されることが多い気がする・・・。
月末から5月頭にかけてケーララ州に出張。
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出張先の図書館の看板が睡蓮の池の中にあってすてきだった。


5月

ケーララ州は共産党が強いせいか、5/1が州の定める祝日で(その前日もゼネストで実質休みというか仕事ができなかった><)休みだったのが計算外で、仕事にならず、研究所の線絵師に進められたのでインド最南端の岬(州的には隣のタミル・ナードゥ)に行って来た。日帰り弾丸ツアーだったのであんまり観光っぽいことはできなかったけど、とりあえず聖地だし、巡礼に(^^; ケーララでは街にも出られないのでゲストハウスにこもっているより有益かな?と。そのときの様子もフォトエッセイで雑誌に書いたので探すとウェブ上にあります。。。
日本はGWだけど、インドでは関係ないのでいいなーと思いながら働いていました。
あと5月の後半くらいから猛暑が始まり、デリーでも連日45度越えの日々・・・。砂漠に近いほうでは50度になって死者がたくさん出たりとか。。。
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ケーララ大学の図書館の中で出会ったランガナータン博士。ケーララ大学には図書館情報学部もあり、わりと歴史ある大学なのでコロン分類法を使っていました。(インドの大学では現在はDDCの方が多い。)

6月

この時期が一番暑くてインド的には夏休みにあたるため、語学学校が1ヶ月休校で、クラスメイトに誘われてダージリンへ避暑に。
旅日記・・・書きかけのままだなあ。。。食中りにもなったんだった。。。
でも、一瞬でも猛暑のデリーを離れて涼しいヒル・ステーションに行って(ずっと雨か霧だったけど)ちょっとリフレッシュ。
デリーでは夜も暑くて寝苦しかったので久しぶりにぐっすり寝た気がします。
しかし、有給をとって旅に出たものの、頼まれものの原稿を抱えていたので旅先でも原稿を書いていたのでした><
旅から帰ってきたあとには、日本に出張に行くと言うインド人の先生に色々頼まれたり、日本から出張できた研究者の方々にお会いしたり。
ちょうど調査に行くと聞いたので国立公文書館に連れて行ってもらった。
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7月

語学学校の夏休みが終わったので、レッスンに復帰。
月末に日本からの出張者と予定をあわせてヒマーチャルに出張に行く予定だったものの、その直前に急遽体調を崩し・・・。
こりゃ大変だ、と思って病院に駆け込んだんだけど、食あたりかと思ってドクターにもその線で話したんだけど(食あたりでも寒気がして熱出るし。。。)帰宅後さらに熱があがり、お腹は下さないし、どうも様子が違う。。。
めっちゃひどい頭痛と節々の痛みと40度近い熱。
もう一度病院に行って、いろんな高熱の出る病気の検査をしたところ、デング熱でした。。。
デング熱は別名break bone fever というらしく、身体中の骨が折れるように痛みました。そして刺すような頭痛で眠れないし…。頭痛は結構長引いて辛かったな…。
ドクターストップで出張は中止><
列車の切符も取ってあったのに><

https://www.instagram.com/p/5kIwvoDe4BJ14XnEYtwWAS0bMCKbyphnWCRjk0/
死ぬかと思った。
https://www.instagram.com/p/5oSgmGje8X-H9gN8ShZewu6zee4QedolnGL9g0/
病院の廊下には様々な神様が。
https://www.instagram.com/p/5pMalLDe0tOQu7uiIiTtoUJcM3oV-YzbQQhh00/
デング熱陽性

8月

ふらふらしながら仕事していたのであまり記憶がない。。。
デング熱では血小板が減少するので、危険なくらい少なくなると成分輸血が必要になるらしく、2日おきに病院で検査のために血を採られていました。
Complete Blood Testってやつだったので、血小板以外にもデータが出てるんだけど、元々貧血気味な私はヘモグロビンの値も標準値以下だったけどそれは何も言われなかったな。。。
あと、ラッシュはないか?ってドクターに聞かれて、そのときは意味がわからなかったんだけど、ラッシュって発疹のことらしい。
デング熱が治りかけの頃に発疹が出るそうな。
お腹痛いとか、熱がありますとか、吐きました、くらいは英語でもヒンディー語でも言えるけど、細かい用語はまだまだわからない。。。
とにかく、熱が下がってからもずっと不調続き。免疫が落ちたのかも。
そしてその後運転手がマラリアにかかり、蚊っておそろしいわ。。。と実感。。。
あ、8月15日が独立記念日でした。

血液検査の結果。血小板が減っている様子。

でかくて飲みづらい解熱剤。

9月

9月にはデリー・ブックフェアがあったので、資料収集など。
流行を先取りして7月末にデングにかかったけれど、2015年は過去5年で最悪の流行と言われ、病院もベッド数が足りず、2,3人でひとつのベッドをシェアしたり、床にねせられて点滴を受けたりしている様子が報道されていた。そんな状況の中9月には複数の病院で受け入れを拒否され、小学生の一人息子を亡くした両親が飛び降り自殺をする、という痛ましい事件があったりした。
街中に注意喚起の看板が立てられたり、ウイルスを媒介する蚊の駆除の薬を散布したりする様子が頻繁に見られた。
赴任先の研究所でも急に薬を撒くから2時間くらい外に行ってて!と言われて、白い煙の中をPC抱えて逃げ惑ったりした。。。
うわさによると、白い煙の正体は日本では禁止されているDDTであるとかないとか。。。DDT・・・はだしのゲンで読んだな。。。

あと、私の所有物ではないものの、車が盗難にあっててんやわんや><運転手さん泣いてた。。。
でもまわりの知り合いによるとわりと盗難よくあるらしい。。。ネパール方面に売られるそうな。。。
警察にも届けたけどいまだみつかっておりません。。。

日本ではシルバーウィークがあったので日本から友人が尋ねてきたので日曜日に一緒に列車でアグラに行ったり、デリーを案内したりしました。
日本食とかたくさんお土産をもらった。

国立鉄道博物館

デリー・ブックフェア。国際ブックフェアよりは小規模。

日本の漫画もあった。
デング熱注意喚起の看板。これは地下鉄駅構内のヒンディー語版だけど、場所によっては英語のもあった。

10月

だんだんちょっとは気温がすごしやすくなってくる10月~11月はインドのフェスティバルシーズンで、毎週何かの神様のお祭がやっていた。
職場の後輩が出張に来たので、デリーの大学図書館等を案内したり。しかしインドあるあるで、アポとってても時間になっても現れなかったり、話が通ってなかったりで苦労した。。。
気候がよくなると訪問者も増えるので出張者に3人会いました。
デリーのゴミ処理場を見学したり。
前にブックフェアで買って送ったら乱丁だった本をついでに持ってきてもらって、版元に持っていって交換してもらったり。
何度も交換してってメールしたのに無視されていてね。。。
取引のある書店ならすぐ送ってくれるけど、ブックフェアで版元から買ったものだったのでそうもいかず。。。
まあでも無事に交換してもらえてよかった。。。
なんだか疲れたせいか、またしても熱を出した。



ランガナータンの図書館学の五法則

ドゥルガープジャのお祭の祭壇。

11月

フェスティバル・シーズンの最高潮、インドにおけるお正月的な光のお祭「ディワリ」が11日に。その前後にかけていろんな付属品的お祭があるんだけど、そのせいで渋滞もひどいし、ディワリには夜中に花火やクラッカーや爆竹を鳴らしまくるので大気汚染もいっそう悪化するのが社会問題になっています。。。
でも、街中がランプやろうそくやイルミネーションで飾り付けられている様子はとてもきれい。爆竹とクラッカーはいただけないけど。。。
駐在の日本人はこの時期タイとか海外に逃げる人も多いそうだけど、私はまだいまひとつ体力が戻らず元気でなくてデリーにいたところ、同じく一人で赴任されている同年代の日本人
に誘われて高級ホテルでランチしたり、ちょっぴりデリー観光をしてきました。ちょっと息抜きにはなったかな。
11月には誘われてブッダガヤに旅行にも行きました。しかし、その直前にヒンディー語の先生におごってもらって外食したらまたしてもお腹を盛大に壊して39度の熱を出す始末。。。
一緒に食べたほかの人たちは大丈夫だったのに><やっぱり免疫が下がっているんだ。。。
病院に駆け込んでもらった薬を飲んだら症状は落ち着いてきたので、なんとか旅には行きました。
日本に住んでいるベトナム人の方がインドに来る機会にあわせて、インド在住日本人3人とベトナム人3人で、2泊3日の仏跡を巡る旅。
1日は日本のお寺の宿坊に、もう1日はベトナムのお寺の宿坊に泊めてもらい、一緒に朝と夜のお勤めをするという、なかなかに貴重な体験でした。
ベトナム語のお経にも「南無阿弥陀仏っぽく聞こえるところがあって面白かった!
霊鷲山仏陀が瞑想していたところとか、歴史の教科書に出てきたナーラーンダー僧院の世界最古の大学の遺跡とか、世界遺産のマハボディー寺院にある仏陀が悟りを開いた菩提樹の木とか、断食してたブッダに乳粥をあげたというスジャータさんちの跡とかに行ってきました。
あとは、赴任先で3日間にわたり国際会議があったのでちょっとお手伝いなど。発表はしなかったけど、けっこう本格的な学会だったので刺激を受けて勉強になった!
いろんな国の人に会って、日本人だっていうと、サッカー選手の名前とか、アニメのNARUTOを子どもが見てるとか言われたり。Cool Japan
そしてなぜか学会なのに無料で占い師さんに相談できるサービスがあったので、見てもらったらここしばらくはあんまりよくないらしいけど、5月以降よくなって結婚もできるって言われたwww ほんとかな。。。でも体調には気をつけるように言われました。。。

学会の占い師さん。息子くんが見習い中。

日本のお寺の宿坊。

ベトナムのお寺の宿坊。

日本の仏舎利塔

ベトナムのお寺の本堂。

12月

在任中に書く最後の報告書を書いていたのと、頼まれた英語の原稿の翻訳(と、2月締め切りの原稿がもう一個あるんだけどまだ手をつけていない><)に追われていました。
あとヒンディー語の試験もあったし、クリスマス会でヒンディー語のクリスマスソングを歌うことになりその練習もけっこう必死でやっていた。。。
関係ないけど、ヒンディー語ではJesusのことイエシューっていうから日本語のイエスと似てるし、聖母Maryもマリーヤムだから日本語のマリア様にちょっと近い。

去年の年末年始に帰省できなかった(飛行機まだ取ってないなら、学会に出るようにって説得された><)恨みがあったので今年はなんとしても年末年始に実家に帰ることにしておりました。
ほんとはインド生活も残りわずかだからこのままインドにいようかなーとも思ったんだけど(そうするだろうと思った職場の人が11月に出張来たときお蕎麦とお餅をお土産にくれたりした(^^;ありがたいけど申し訳なかった)体調崩したりして弱気になっていたもので。
クリスマス近辺には、北京をもしのぐ大気汚染でPM2.5の数値が日本の規制値の7倍にもなっているということで、日本大使館から外出を控えるようにってメールがきたりして・・・。
実際、PM2.5は目に見えないけど、スモッグがすごくって、景色ももんやりもやもやしているし、見通しが目に見えて悪くなっているのよね。
日本のフレッシュな空気が吸いたいよ~!というわけで、買出しがてら実家に帰省しておりました。
年末年始は家族と過ごして、大掃除を手伝ったり、成長しためいっこと戯れたり、地元の友達と飲みに行ったり。
しかし、和食をここぞとばかりに食べて2kgほど正月太りして帰ってきました。



もんやりした空気の中のクリスマスツリーと大気汚染用マスク屋さん。しかしデリーだとほとんど誰もマスクしてない!


そんなこんなで、振り返ってみると、体調不良(主にデング熱と食あたり等)が印象に残る1年でした。。。
ヒンディー語習い始めたの、ずっと前のような気がするけどまだ1年前なんだなあ。
英語習ってたときのヤングな友達元気かなあ。一番仲良かったトルコ人の子はその後無事デリー大のカレッジに合格して心理学を専攻しているそうです。みんなカンニングを普通にやってて信じられない!って憤慨していました(^^;

なんか、何もしていないうちにあっという間に2年が終わりそうで、あと2ヶ月弱でいろんなことを片付けられるのか気持ちばかりが焦る今日この頃ですが、こうして書き出してみるとわりと濃密な一年間でした。。。けっこうデリー以外にも出かけているし。(予定ではあと3箇所行こうと思っていたのだけど、体調不良でいけなかった。。。

それにしてもいろんなことがもっとずっと前の出来事のような気がするなあ。。。

しかし、赴任のミッションはともかく、はくろんもなんとかすすめたいと思ってたけど全然だったわ。。。それについてはほんとになんとも言い訳のしようがない。。。
ブログの記事もかけてないくらいだしね!!←

まあ、あれだ、出発前にはインドに行ったら残業続きの毎日から解放されて、もうちょっと自由に使える時間が増えるような気がしていたけど、それってインド生活をなめた考えだったわ!!
インドでは暮らすだけでもわりと精一杯です。。。

残り2ヶ月、心してがんばります。。。

霧の向こうのダージリン その1

1日目 移動日

目次
  • スパイスジェット、スパイシーすぎる!
  • 空港で下痢止めを買う
  • 雲の上を過ぎてもまだ登る

スパイスジェット、スパイシーすぎる!

今回の旅ですが、デリー発現地ツアー(空港送迎車とガイド付き)を代理店から申し込んでみたんだけど、飛行機は別料金だったのです。
そこで、航空券も代理店でも頼めるけれど手数料がかかるし、選択肢が限定されていたので、オンラインで自分で予約しまーす、とタカをくくりました。
まあ、わりと思い立ったが吉日的な申込だったので、早割り的なメリットがあまりなかったのもあるんだけどね。

ステイシー・ジーは、代理店の担当者から提示された航空券の金額をみて、何でこんなに高いの?友達がデリーからバンコク行ってたけど国際線なのにもっと安かったよ?と文句を言っておりましたが、それはねえ、、、航空券は早く取ると安くなるものでしょ?私たちぎりぎりじゃないの、などとなだめつつ、インターネット経由で安いのを探して予約することに。

インド人の知り合いから聞いたというyatra.com(ちなみにヤートラとはヒンディー語で旅のことである。)というインド版エクスペディアみたいなサイトを教えられたけど、二人ともインドの銀行のクレジットカードを持っておらず。インドのオンライン決済だと日本のクレジットカードだとうまく行かないことも多いのです。。。

まずはヤートラでトライしてみたんだけど、案の定決済画面でエラーになる。。。
街中では普通に使えるのよ?日本のクレジットカード。
私のカードだとものによって途中でDNPのサイトに飛んで暗証番号とは別のパスワード入れるんだけど、そこがうまく通らない。
ちなみにパスワードはあっています。だって、日本の通販サイトをインドから利用するときには同じパスワードでうまくいくんだもの。
スペアでもう一枚VISAカードとしても使えるデビットカードを持っているんだけど、うまくいかないサイトではどっちもうまく行かないことがほとんど。。。

はー、案の定だよー。と思いつつ、対策を考えていると、いきなり知らない番号から電話がかかってきたではありませんか!?

「ハロー?」

と出てみると、ヤートラのカスタマーサポートかららしい。あなた今、決済失敗したでしょう、と。。。

確かにアカウント作るときに携帯番号入れたけど、こちらからかけずに向こうから把握されて電話が来るなんて初体験だ・・・(・・;)
さすが人手がありあまっているインド・・・。

確かに決済うまくいかなかったです・・・と言うと、まずブラウザをいったん閉じて、全部のタブとかウインドウをクリアしてからログインをしなおすように言われました。
ふむふむ。確かに一理ありそうだ。

言われたとおりにして、カスタマーサポートの画面から先ほどの予約番号を入れて、決済画面から再度チャレンジ。。。

期待して待ってみたんだけど・・・やっぱりうまくいかない。。。回線速度が遅いからタイムアウトするのかしら。。。

前々から、ほかのサイトでも疑問に思っていたんだけど、せっかくカスタマーサポートの人とつながっているので
「ねえ、これ日本のクレジットカードなんだけど、このサイトって、インドのカード限定なの?」
って聞いてみた。

「そんなことありません!」

と言うので、もう一回トライしてみたけれど、やっぱりダメ・・・。

今度もうまくいかないんだけど・・・、と状況を伝えると、結局「あなたの銀行に聞いてみてくれ・・・」といわれて電話を切られた。。。

サポートしてくれないカスタマーサポート。。。

あきらめて、ステイシー・ジーにBad Newsだよー。。。と電話をすると、じゃあ、友達にクレジットカード貸してもらえるか聞いてみる・・・。との返事。私はその友達とは見ず知らずの他人なのになんだか申し訳ない。。。

出発する前から旅の先が思いやられます。

しばらく待つと、ステイシー・ジーの友達は今限度額がいっぱいになってるから来週まで待てば借りられる、と言っているとのこと。
そしたらまた航空券の値段変わりそうだよね~。

最後の手段として仕方ないから、手数料分は我慢するとして代理店に頼んでこの便の決済を代わりにしてもらうという便宜を図ってもらえないか交渉*1をしてみるか。。。と思案していると、ふと、航空券の予約ができるのはこのサイトだけではないことに思い当たり。 ヤートラで比較した値段から、航空会社のサイトへ直で行ったっていいわけだ。

これまでのオンライン決済ではインドのサイトでもうまくいくところといかないところがあったので、駄目元で、別のインド系旅行サイトMakeMyTripというやつでトライしてみたところ・・・いけた!!!


今度はGood Newsだよー!とステイシー・ジーに連絡して、安心していたのですが・・・。


私たちが予約したのはSpice jetというインドのLCCでした。
これまで、LCCではIndigoというところをよく利用していて、わりと周囲の評判もよかったんだけど、このSpice jetとやらは初体験でした。

旅のスケジュール的に、フライトの時間帯も考慮して選んだのに、10日前になって

Dear Spicejet customer: Your flight is prepond due to operational reasons...

などと言うSMSが届いたではありませんか!

出た!

プリポンド!インド人が開発した英語!!
ここではなんか受身系?でスペルが変わっているけれど、
postpone: 延期する、をもじって(?)prepone:前倒しにする(たぶん)という単語をインド人が開発したらしい・・・。

前に待ち合わせ相手からこの単語を含むSMSをもらって困惑し、電子辞書で英英・英和含めて横断検索しても掲載がなく、ぐぐったらインド英語だということが判明しました。。。
Poll: Do you use 'prepone' for the opposite of 'postpone'? - Language Polls - UsingEnglish.com
この辺でこの単語の是非をめぐって議論が交わされています・・・。

それはさておき。。。

またしてもBad News・・・。

この時点で、行きと帰りの両方のフライト時間が前倒しにされました。。。旅程が大幅にくるう~><と思いつつ、今から別の航空券を買い直す余裕もないので、とりあえず代理店に連絡して、現地の担当者に伝えておいて貰いました。

もー。。。
これだからLCCはー><
きっと、罠のようにお手ごろな値段と時間帯で客を集めておきながら、直前になって時間帯をずらしたりするんだ。。。
これは一種のトラップだよね。。。などと文句をいいつつ。


でも、かのエア・インディアでも出張者がよくひどい目にあっているのをみてはいるのですが。。。
何度もWe regret to inform・・・って度重なる遅延のお知らせが届いて、ほんとにリグレットしてるのか!?とか突っ込んだり、フライト三日前なのに「霧」が理由でフライトキャンセルのお知らせがきたりとか。。。(たぶん、3日前から霧が確定しているわけじゃなく、おそらく採算とれるだけの人数が集まらなかったとかそういう理由だと思われる。)

まあ、今回はキャンセルになっていないだけ、ましかもしれない。。。


そんなこんなで、運転手さんとか代理店とか各に調整をかけたのに・・・

あれは忘れもしない、前日の夜のこと・・・・。

またしてもスパイスジェットからSMSがきているではありませんか・・・。

胸騒ぎを抑えて、スマートフォンの画面を開くと・・・

そこには・・・

is delayed

の文字・・・。

なんなのー!?

当初の予定より1時間強の遅れ、いったん"プリポンド"されてからは3時間強の遅れです・・・。


やっぱり理由はOperational reasons。。。

どういうオペレーションしてるのよっ!しかも、いったん前倒しにしたくせに、直前になって遅延とか!遅れるなら前倒しになんてするなよー!!ぷんすか!!

怒りを抑えつつ、とりあえずステイシー・ジーに連絡。

彼女からは

Spice jet is awful!!

という返事がきました。。。

まあでも仕方ない。早朝に来てくれるようにお願いしていた運転手さんにも連絡し、空港の迎えの時間も変更してもらわなきゃと思うも、代理店はすでに営業終了していたので朝イチで見てもらえるようにメールをいれておきました。。。

いきなり、出だしから何度も躓きまくっているダージリン旅行。。。

はたして無事終えられるのでしょうか。。。

空港で下痢止めを買う

さてさて、出発当日。フライトが遅延になったので朝に弱い私には不幸中の幸い。
寝坊せずすんでほっとしつつ、待ち合わせ時間の1時間前には空港についたでしょうか。
ステイシー・ジーと落ち合い、私たちを振り回したスパイスジェットめ、、、と思いつつもチェックイン。
私は普段から荷物が多いので、預け荷物確定だったものの、ステイシー・ジーはバックパックとショルダーバッグとキャビンサイズのスーツケースでした。
「それ、預ける?」と聞くと、「ほんとは預けたくない・・・だって昔ロストバゲージしてひどい目にあったから。」との答え。
あー。
私は初めての海外がインド出張という出不精なため、飛行機の経験値が低いけど、ヨーロッパとかアフリカとか遠くによく行く知り合いなどはみんなロストバゲージの経験があり、最低1日分の着替えは手荷物に入れておくべし、などと心得を教わったものです。。。

しかし、カウンターで重さを計ってみると10キロ超。手荷物は7kg以内のため重量オーバー。
窓口のお兄さんに「ほんとにだめ?」「絶対にロストバゲージしないって保証してくれる?サインしてくれる?」など、色々ムチャをいうステイシー・ジー。。。

「ステイシー・ジー、これ、直行便だから・・・。乗り換えないしたぶん大丈夫だよ・・・」

といいたかったんだけど、「直行便」がとっさに英語でわからなくて私の口から出たのは「Straight flight」それを聞いたお兄さんは苦笑いしながら「そうです、Direct flightです」といい直してくれました(^^;
「そうそう、ダイレクト!そう言いたかった!w」と取り繕いつつ、なんとか彼女をなだめて荷物をあずけました。
そして、ステイシー・ジーの勢いに圧倒されて持ち込み手荷物のセキュリティタグ(インド仕様。)をくれるのを忘れていたお兄さんに、「タグを下さるかしら?えーと、二人分4枚」と要求。

てんやわんやの末、チェックインを済ませ手荷物にそれぞれタグをつけたんだけど、どうやらインド国内線初体験のステイシー・ジーはタグのことを知らない様子。
「これ何なの?」
「これはインド独特の仕組みで、各バッグにこれがついてないと飛行機乗せてもらえないんだよ。保安検査のあと、日付のスタンプ押されるからなくさないようにね」
と、若干先輩風を吹かせつつ、保安検査場へ向かいました。

私なんぞ、日本でもあんまり飛行機乗ったことないのに、インドでは基本出張などは飛行機移動(だって新感線とかないし広いんだもん)なので、一時帰国時に日本で飛行機に乗ろうとしてこのタグがもらえず、不安になって係員のお姉さんに「持ち込み手荷物って何もつけなくていいんですか?」って思わず聞いちゃったくらいです。。。

ボディーチェックの係りのお姉さんは暇なのか、ややもするとインド在住外国人のヒンディー語スキルをチェックしてこようとするから、いつもハラハラする保安検査場も乗り越え、やっとほっとひといき。

LCC機内食は有料なので、飛行機に乗る前にスタバで軽く腹ごしらえしました。

しかし、前述のように折からの下痢に悩まされていた私は、ギリシャ風サラダラップ、という超軽食。
「それだけ?足りるの?」と言われつつ、実はお腹壊してて・・・飛行機でトイレ行きたくないし・・・。と言い訳しつつ、日本の薬飲んでたけど効かないから、インドの薬買おうかな?空港に確か薬局あったよね?と下痢止めを買いに行くことにしました。

毒素(?)を排出しきるまで、下痢止めは飲まずにビオフェルミンとか梅肉エキスとかでしのいでいたんだけれど、旅行とあっては背に腹はかえられず。
たぶん、インドの下痢止めは強力なはずだよね。。。

薬局で「下痢のお薬ありますか・・・?」
と旅行英会話の例文みたいな一文を繰り出して、出してもらったのがこのふたつ。

オレンジのほうが下痢止めで、一日2回、主に食後に飲む。(ちなみに箱とかはなくてこのようなシート単位で売ってくれます。)
筒状のケースに入ってるのがプロバイオティック(要するに、善玉菌的なバクテリアが入ってるやつ?ビオフェルミンと同類とみた)。
これは一日1カプセル。
両方飲んでくださいね、とのこと。

ふーむ。
薬の安いインドだけど、プロバイオティックな方は10粒しか入ってないのにけっこうお高めでした。

そして、よく体にいい食品とか栄養素のことを教えてくれる若干健康オタク入ってるステイシー・ジーはプロバイオティックなお薬をみると「あら、私もほしいわ!」と。
しかし、空港の小さな薬局のため「残念ながらこれが最後の一個です。」とのこと。
そしてかわりにもっとお高い別のプロバイオティックを出してきてくれましたが、値段を聞いて渋い顔をするステイシー・ジー。
「でもこれには200万ものバクテリアが入ってるんですよ」と薬剤師さん。
結局、交渉の末、もう少し安いけど100万しかバクテリアが入っていないものをお買い上げしていました。

しかし、インドの下痢止め、本当に効き目が強力。。。
下痢の発症直後は10分に一回レベルでトイレと仲良くしてて、旅行前日はまだよくなっていたものの、何かを食べたらわりとそのあとすぐトイレに駆け込む羽目になっていたのがぴたっととまりました。
たぶん、原因をたつというよりも、腸の動きを止めるストッパとかの強力なやつだとは思うんだけど。
だからプロバイオティックも飲んで、腸の中からも改善をはかるんだな・・・。きっと。。。

その後も、お水を買おうとして、レジのPC*2が調子が悪くてレシートがなかなかでないのに絡んだ(?)り、スパイスジェットが予告された時刻よりもさらに遅延して文句を言ったり、なかなかに色々とあったんだけど、とりあえずなんとか、空の上へ・・・・。

雲の上を過ぎてもまだ登る

夏休みなので、バグドグラ(ダージリン最寄の空港)行きの飛行機には子どもたちもたくさん乗っていました。
飛行機が離陸すると、「わーい!すごーい!」と歓声があがり、拍手する子どもたちw
かわいい・・・!
私たちも便乗して拍手しておきました。
機長さんとか、聞いてたらうれしいだろうなw 聞こえてるのかわからないけど。

そして、ヒンディー語の文字を習いたての私たちは「非常口(ヒンディー語だと単に「外」)」とか、英・ヒン併記なライフジャケット装着説明書などを読んで練習に励みます。
けれども、表音文字なので読めるんだけど語彙にない単語は意味がわかりません(^^;

私たち3人がけの隣の席にも小学生くらいの女の子がいたんだけど、「英語喋れる?」と早速話しかけ、これどういう意味?と解説を求めるステイシー・ジー。
しかしけっこうシャイな女の子だったので、あんまり相手にしてもらえませんでした(^^;

2時間ちょっとのフライトの終わりが近づき、バグドグラの上空から下を見下ろすと、デリーとは違って一面の緑・・・!
曇ってはいるけれど、目にうれしい景色です。

やっぱりインドは首都をこういうところに移転すべきだわー、などといいつつ、無事着陸。

空港に着くと、現地の担当者がお迎えに来てくれました。
チベット語でなにやらお経っぽい文字が織り込まれたシルクのスカーフ(?)をハワイのレイのようにかけてもらい、自己紹介。
ガイドはキショールさん、ドライバーはカルマさん。

ステイシー・ジーも私も見た目は東洋顔なので、とっさにどちらが日本人かわからなかったらしいけど、私が日本人ですというと「日本語しゃべれます」とのこと!
えー!すごい!!
旅行代理店のパンフレットには「英語ガイド」と書いてあったんだけど、日系の会社から予約したため、彼が手配されたらしい。
「じゃあ、通訳してよ」というステイシー・ジーに「でもたぶん私の英語より彼の英語の方が上手だよ・・・。」と。。。

確かに、キショールさんの方が文法とか正しい英語なんだけど、発音が若干違うのと、たぶん彼にとっては日本語しゃべる方が楽なようで、旅の間、ややこしいことは日本語で説明してくれて私が英語に通訳するという不思議なシチュエーションがときどき発生しました(^^;

聞けば、2005年から、現地に滞在していた日本人に日本語を習ったとのこと。もう日本語歴は10年か~。
ふだんあまり日本語を話すことのない生活をしている私は、最初は彼の語学力を測りかねて、ゆっくり変な片言の日本語で話しかけていたんだけど、日本語ガイド歴も長い彼の方はだいぶこなれた話し方でした。「ピンキリ!」とか妙に通な単語を知っていますw

デリーには日本語学校もあるし、ジャパンファンデーションとかでも日本語教室やってるし、大学に日本語学科もあるため、日本語話せるインド人もそれなりにいると思うんだけど、ヒマラヤのふもとで日本語を流暢に話せる人に出会うとは思わなかった・・・。

聞けば、去年インド政府の観光促進関係の催し物で、ダージリン代表として表彰されたとのこと。なにやら「地球の歩き方」にも載った事があるみたいです。残念ながら私が持っていた版には載っていなかったんだけれど(^^;

そんな有名人にお会いできて、光栄です・・・。

などといいつつ、空港のあるバグドグラから一路、ダージリンへ。

途中で茶畑が見え、「お茶だー!」というと「これはアッサムティーね」と。
「え?アッサムティーってアッサム州で取れるお茶のことじゃないんですか?」と聞くと、アッサムティーは茶葉が小さめで品種が違うとのこと。
ウエストベンガル州でとれても、アッサムティーなのね。。。まあ、ちょっと近いけど。


(バグドグラ付近のアッサムティー畑。これは帰りに撮った写真。帰りは晴れていました。)

空港からは本当ならば1時間半くらいでつくんだけど、数年前に地すべりがあったせいでメインロードが閉鎖されており、遠回りしないといけないので3時間はかかるとのこと。。。
雨の多い土地柄、地すべりが多いらしい。

そういえば、ダージリンはネパールとも国境を接しています。4月末にあった大きな地震の被害について尋ねると、今回の地震では特に大きな被害は出ていないとのことでした。
一応、出発前に代理店にも聞いたんだけど、現地の人の口から聞いてほっとしました。

現地事情を聞いたりしながら、だんだん山道に差し掛かると、交通標識らしき黄色い立て札にのマークが・・・(・・;)

一瞬過ぎて写真も撮れなかったけれど、「今、象のマークの標識あったんですけど、野生の象が出るんですか!?」と聞くと、「たまにねー」とのこと・・・。

うわー、野生の象が出るなんて!さすがインド!(人間に飼われている象はけっこうデリーでもみかけますが)
しかし、今回の旅の間には特に象さんに出会うことはありませんでした。

道々、牛とかヤギとか猿には出会ったけれど・・・。

あれは帰り道だったかもしれないけれど、ででーんと道の真ん中に座り込む牛さんをみて、カルマさんが笑いながら何か言うと、キショールさんが「交通警察がサボってるから、今あの牛がここの交通整理してるんだよ」と通訳してくれました・・・(^^;
そうね、スピード出しすぎはいけないものね・・・。

そんなこんなで、3時間のドライブ、途中で空模様が怪しくなり始めました。

そしてぽつぽつと雨模様の中、どんどん坂道を登り、道幅もぐっと狭くなります。

もはや雲なのか霧なのかわからない真っ白な景色の中、車幅ぎりぎりの曲がりくねった道からときどき下を覗き込むと、「ひぇっ!」と思わず声が出てしまうほどの断崖絶壁。。。

そんな断崖絶壁の山道なのに、ほとんどガードレールがついてない><

おそろしすぎる・・・!

しかし、還暦を過ぎたベテランドライバーのカルマさんはなれたものです。そんな山道もすいすい登り、時には対向車がきたとしても、運転手同士何か叫びあったりしながら難なくすれ違います。。。
絶対よそ者にはこんな道登れないわ。。。


(カルマさんがすいすい走るのと、怖すぎてまじまじ下をのぞけなかったのであまり怖い写真がとれてませんが(^^;)

私たちが、ヒンディー語学校で知り合ったことを話すと、車の中でキショールさんが色々と練習問題を出してくれました。

なかでも、一番今回の旅で活用度が高かったのは「バフット・パハリー・ラシュタ(すごい山道)」というもの。
バフット、はVeryに当たる単語で、パハリーはHilly、山の、ラシュタは道(学校で習ったときはラスタと聞こえたんだけど、キショールさんはラシュタと発音していた)。
この単語はシチュエーションもあいまって一生忘れないんじゃないかと思います(^^;

キショールさんの母語ネパール語で、ダージリンはウエストベンガル州なのでベンガル語も話すそうです。そして、英語日本語ヒンディー語
インドの人はわりとみなさんいくつかの言葉が話せる人が多いけど、脳みそはどうなっているのかしら・・・。といつも不思議に思います。

日本は海に囲まれた単一言語国家だから必然的にほかの言語に触れる機会は少ないけど、インドはそれにしてもいろんな言葉がありすぎる気がする・・・。
世界的にはどうなのかしら。。。

ステイシー・ジーはミャンマー生まれで11歳のときにNYに家族で移住したそうで、ビルマ語と英語、そしてご両親の意向で昔家庭教師に中国語を習ったそうで、ちょっとだけ広東語とマンダリンがわかるのかな?
でも自分の名前の漢字を書いてくれたときもうろ覚えだったし、中国語には自信がないようで「何人か?」と聞かれるのはあまり好きではないようでした。

子どもの頃に移住したから大人になってからよりは英語を覚えるのは楽だったかもしれないけど、11歳といえば小学校高学年。それでも大変だっただろうなあと思います。

だから、私の発音と文法のめちゃくちゃな下手な英語も笑わずに聞いてくれるんだろうなあという気がします。


なんだか話がそれたけど。


途中トイレ休憩を挟みつつ、真っ白な霧の中延々と続くバフット・パハリー・ラシュタを乗り越えて宿についた頃はすっかり夕ご飯の時間になっておりました。

代理店のスケジュールでは、翌朝4:00頃出発して、タイガー・ヒルと呼ばれる小高い丘の上から日の出を見るというプランになっていたのですが、「この天気じゃなにも見えませんよ」というキショールさんの言葉ももっともだと思ったので、朝はゆっくりして8時半頃ホテルを出発することになりました。

それにしても、モンスーン季節風。転じてインドでは雨季のことも指す)は南からやってくるものと思っていたけれど、ダージリンでは定義が違うようで、だいたい6月から9月くらいまでが雨季らしい。
やっとケーララ州あたりからインドに上陸したモンスーン(日本で言うところの梅雨前線?)は、今年はデリーにはまだ到達しておらず(あと1ヶ月以上かかるらしい)、必然的にそれより北にあるダージリンでは雨季はまだ始まっていないんじゃないかと思っていたけれど、読みが甘かった。。。

これはすでに雨季の始まりの雨で、雨季の間はほとんど曇りか雨か霧とのこと。
美しいヒマラヤ山脈も霧の向こうに姿をかくしてしまっていました。。。
がっかりする私たちに、キショールさんは「ダージリンの天気と女の子の心と日本の秋の空は変わりやすい。予測はできません」とのこと。

気まぐれなダージリンの空が晴れ間を見せてくれることを祈りつつ、1日目はキショールさんとカルマさんとはお別れしました。

(2日目に続く・・・)

*1:インドはわりとその辺融通が利くんだけど、いかんせん私たちが利用していたのは日系の会社だったから難しかったかも?

*2:インドのレジは専用端末は少なくて、だいたいが普通のPCで、アクセスベースっぽいような画面のアプリケーションを使っている場合が多いです。

霧の向こうのダージリン その0


まえがき

かれこれインドに住んで1年と3ヶ月が過ぎようとしています。
この間3月には1年ぶりに日本に帰ったりもしていたんだけど、前回のエントリは半年って書いてるね(^^;
放置するにもほどがあるな!(未公開のまま放置している下書きもある。。。)

半年目以降の近況報告としては、インド人で一緒に出かけるほどの友達はまだできないものの、英語学校に3ヶ月ほど通ってトルコ人のヤングガールと仲良くなったり、その後ヒンディー語を習い始めてアメリカ人と友達になったりしました。日本人の知り合いもちょっぴり増えたり。

本業のほうでは、報告書を毎月、3カ月おき、半年ごとという三種類書いており(つまり半年目・1年目には3種類一気に出すことになって涙目)、その他にも原稿書いたりしていたので、わりと文章の締め切りに追われがちな生活で、余計なテキストを書く余裕もなく、なんとなくこちらから足が遠のいてしまいました(^^;

まあ、最初はあれだけIncredible!*1と思ったインドでの生活も、1年もするとだんだんなじんできて、あんまり目新しいことがなくなるというのもあります。
あー、はいはい、またこれか。しょうがないわね、インドだもの。。。
てな調子です。
いちいちびっくりしたり怒ったりしていると、ただでさえ暑いのに疲れちゃいます。


さて、日本でも報道されていたようですが、今年のインドの猛暑といったら!
去年もデリーで47度とかになったりしていたのである程度覚悟はしていたのですが、報道されると余計に暑い気がしてくるし、連日45度以上の日々が続くともうぐったりするなんていうものじゃないです。
しかも、尾籠な話で恐縮ですがこの暑さで久しぶりに激しい下痢に見舞われ。。。原因は、お土産にもらって大切にとっておいた常温保存のたらこパスタソース、と思われます。。。考えてみれば45度って日本の「常温」の定義に当てはまらないよね。。。もしかしたら賞味期限も切れていたかもしれないけれど・・・。

一口食べて、うわ、なんかやばいかも?と思ってやめたんだけど、その一口があだとなりました。。。


話がそれたけど・・・


1年で一番暑いモンスーン前のこの時期は、インドでは夏休みに当たります。
通っていたヒンディー語の学校が1ヶ月お休みになるので、そこで出会ったアメリカ人の友人に誘われるまま、ダージリンに避暑に出かけることにしました。

ダージリンは、紅茶の好きな人なら聞いたことがあると思うけれど、インドの東側、ウエストベンガル州のはずれにあるお茶の産地で有名な土地の名前です。
ヒマラヤ山脈の低い位置にあり、イギリス植民地時代にはヒルステーションと呼ばれる夏の避暑地・療養地として利用されていました。
そして、シッキムやネパールと接するあたりにあり、チベット文化の影響も受けています。
仏教はともかく、チベット料理好きとしてもそそられるものがあります。

「デリーは暑すぎる!そして大気汚染も渋滞もひどい!対策も焼け石に水だし、いっそ首都移転すべきじゃない!?」なんていいながら、涼しいところにエスケイプすることに。

この時期ワールドニュースとかみているとデリーが世界で一番暑いんじゃないか!?という気がしてきます。
ドバイとかに比べればましかもしれないけれど、首都でこれだけ暑いのって、デリーくらいじゃないでしょうか・・・?

あまりダージリンに関する基礎知識もなかったけれど、冬に茶園に泊まりに行ったという知人の話を聞き、うらやましく思っていた私は避暑地への旅の誘いに一も二もなくうなずいたのです。

学校は休みだけど、私の仕事は休みじゃないので、一応土日にくっつけて有給をとりましたが、45度もある中エアコンのない席(赴任先から提供してもらった小部屋には扇風機しかない)で仕事してても著しく生産性が下がるというものです。。。たまには気分転換も必要よね?ね?


今まで、インドは出張でビハール、ケーララ、学会でジャイプール、日帰り旅行でアグラ、インド歴の長いデリー在住ベテラン日本人マダムたちにくっついてナーシク、ポンディシェリ(オーロヴィル含む)、研究者の先生方のお供で日本軍の足跡をたずねにインパールなどに行きました。
しかし、出張はともかく、基本的に一人旅が苦手で主体性の低い私は、年長者の後からくっついて行くだけという楽な方に逃げてしまいがちです。

けれど、今回は二人ともわりとインド初心者で旅慣れていないため、けっこうな珍道中になりました(^^;

世界遺産トイトレインの切符予約込みの代理店のパッケージツアー(移動日入れて二泊三日)を利用しつつ、それだけだと日程がタイトすぎて疲れて帰ってくるだけな気がしたので、+2日間のガイドなし自由行動をつけています。

出張だと報告書を書くんだけど、旅行だと放置してしまいがちなので、記録を兼ねてここに思い出を書き綴ってみようかと思います。

■主な登場人物紹介■

  • ステイシー・ジーミャンマー生まれNY育ちの中華系アメリカ人。ヒンディー語学校の友人。敬虔なクリスチャン。("ジー"はヒンディー語で「さん」にあたる敬称です。ファーストネームにもつけられて日本人の感覚的に便利)
  • キショールさん:ダージリンに住む日本語が話せるネパール系インド人。この旅のガイド。
  • カルマさん:60代半ばのベテランドライバー。元軍人。切り立った崖も細くて曲がりくねった道でのすれ違いもなんのその。
  • :片言のヒンディー語と、日本語なまりにインド英語のニュアンスが加わった奇妙なブロークンイングリッシュを話す。適当な仏教徒

ステイシー・ジーがフレンドリーな性格のため、その他旅先で出会った人々も随時登場します。

*1:Incredible India、というコピーをインド政府が観光誘致に実際に使ってるんだけど、Incredibleって、すばらしい!驚くべき!っていう意味の他に、信じられない・・・っていう否定的なニュアンスもある、よね・・・?

インドに来て半年が過ぎました。

(旅の写真を追加してみました。)

いつの間にかもう10月ですね。
もはや日本はすっかり秋模様っぽい雰囲気をインターネット越しに感じています。

なんか日本では妖怪ウォッチ?とか「ダメよー、ダメダメ!」ってはやってるっぽいけどなんだろう?と思ってYoutubeでみたりしてましたwww
私、これすごく上手に物まねできる気がするけど、帰国する頃にはもうはやってないんだろうな。。。

さてさて、こちらはといいますと、インドはまだ日中は30度を超えていて暑いんだけど、朝晩はなんとなくすずしくなってきたかなー?という感じ。

一応もう雨季は終わりなんだと思うけど、例年はこの時期もっと涼しくなってるはずが、今年はUnfortunatelyに暑いって言われましたw

半年かぁ。。。

もう半年、されど半年。

任期は2年なので、今やっと4分の1が終わったところ。

けっこうもうお腹いっぱいですが、調査もまだまだだし、まだヒンディーもちゃんとしゃべれるようになってないしね。。。

あ、そういえば、ヒンディー語のレッスン、始めたばっかりだったのに先生に辞められてしまい><
私のレベルが低すぎたのか、レッスンフィーが低すぎたのか・・・。
お金の問題じゃないからねってSMSに書いてあったけどどうかなぁ。。。

最初、1レッスン(1時間半)で1000ルピーって言われて(日本円で1700円くらい)、ほかの人に聞いたら高いと思うって言われたので、ちょっと値切ったほうがいいかと思って、落としどころを800くらいに設定して交渉スタートに「700ルピーでどう?」って言ってみたら、ちょっとさびしげな表情で「いいよ、バーゲニングするのはあんまり好きじゃないんだ」って、そのまま決まっちゃったので。。。

その後、別のアポが入って私の都合で一回休んだんだけど、それ以外で当日ドタキャンが2回続き。。。しかも2回目は別の曜日に振り替えレッスンを向こうから指定してきたのに、それもキャンセルになるという。。。(つまり3回ドタキャンされたのね。。。)

最終的には、振り替えレッスンの予定だった時間になってもなかなかこないなーと思って、電話しようかと携帯を手に取ったらSMSで「忙しいからもうレッスンは続けられない」ってメッセージが。。。
自分から振り替えレッスンの曜日と時間指定してきたのにどういうことよ!?

最初に大学の時間割見せてくれて、あいてる曜日3つくらいあったのに!!

それで、ドタキャン続きのまま終わったから最初のレッスン料金払ってないので、もう一回会いませんか?って言ってみたら月曜か日曜なら毎週終日あいてるよって言われた。。。

それなら月曜に教えられるじゃないか!?

その後、インドの連休があったりしたのでまだ再会は果たしていませんが。。。


そんなこんなで、インド生活は予期せぬトラブルに見舞われますが、なんとかかんとか生きてます。。。


とりあえず、これまでのところ、メトロオートリキシャ&サイクルリキシャ露店での買い物と郵便局美容院はクリアして、ちょっぴり経験値アップ☆



しかし、オートリキシャはいくら値段交渉しても事前にインドの人に聞いた適正価格に下がらず。。。完全になめられて、5台くらい交渉決裂して、最後にはあきらめて言い値で乗りましたが。。。

私が乗ろうとしてた距離だと相場は10~15ルピーって言われたんだけど、何台断っても30ルピーから下がらず・・・。
交渉段階で、10はあきらめて、20!って言ってみたら、メーターなんて使わないくせに、「20はメーターの初乗り料金だよ!」って言われたり。別のリキシャワーラーには「30は初乗り料金だ」とも言われたりしたので、これも完全に方便ですな。。。。
でも、30ルピーって日本円で50円くらいだし、まあ自分で納得して払う分にはいいか、と。
なんていうか、こう、外国人だからってふっかけられるっていうのが最初精神的にすごくいやだったんだけど、もうそれを気にしていたらこの国ではすごく疲れちゃうし。
ここはインドで日本じゃないんだし、外国人に高めにいうのとかもある意味文化の違いよね。
宝石だのじゅうたんだのの偽物に法外な値段とったりするのと違って、オートリキシャで25円くらいふっかけられたってそれはもう、納得して払うのもありですよ。たぶん日本で同じ距離タクシー乗ったら700円くらいかな?(初乗り)それを考えたら安いものです。

しかし、定額で長距離移動しても安い(初乗り8ルピー=約14円くらい)メトロでも別の種類のトラブルにも見舞われたり。

そのときは2駅くらいですぐ降りるし、と思って普通車両に乗ってたら、見知らぬ青年に「どこから来たんですか?」と声をかけられ。外国人がめずらしいのかと思い、日本から~とか適当に答えてたら、日本人の友達がいるよー、メディテーションセンターで働いてるよ、とか。
聞いてもいないのに俺はIBMで働いてるんだ、とか自己紹介をはじめ・・・。(ほんとかどうかしらないけど。。。)

そこまではまだよかったんだけど、どこで降りるのか聞かれて家のある駅を答えたら自分も同じ駅で降りるんだよとか言いだして・・・偶然に同じ駅に用事があるのかと思ったら、なんかずっとついてくる・・・(・・;)


さらに、この辺りで家を探してるから家の中を見せてほしいとかわけわかんないことを言い出し・・・。
いや、だって、私の部屋は今住んでるし貸しに出してるわけじゃないから家のなかみたって意味ないし。。。
いやー、家には入れられないね。とか言ってたら「なんで?!俺、日本人の友達いるし!」とか主張してくる。。。
日本人の友達がほんとにいたとしても、私はあなたの友達じゃないし!!

とりあえず、No!って言い続けたらあきらめて帰ってくれたけど、気持ち悪かった!!
怒らせても怖いから穏便に断るの難しいし。。。

普通に電車乗ってるだけでそんなことになるとは思いもしなかったけれど、その後はメトロに乗るときは女性専用車両に乗るようにしています・・・。
でも、インドの電車は人口が多いせいなのかすごく長くって、女性専用車両端っこだから遠いんだよね。。。
まあ、身の安全にはかえられないですが。。

そのほかでも公園散歩してたら、「海軍で働いてるんだ!」とかっていう青年(聞いてもいないのにIDカードを見せてくる)にしつこくナンパされたりも。真昼間だったのでそんなに怖くなかったけど、とりあえず、しばらく付きまとわれた後で「運転手が待ってるから!」って振り切ったけど。。。ガムとかくれたけど、なんか知らない人に出された食べ物とか飲み物に睡眠薬入ってるっていう話も聞くので貰ったまま食べないでいたら「何で食べないの?食べなよ!気ィ悪いなあ」って言われたけどあいまいにごまかして食べずにおいた。。。たぶん彼はそんなに悪い人っぽい感じはしなかったけどね。。。

どうやらその公園はデートスポットらしく、あちこちで若い男女がベンチや木陰に座っていちゃいちゃしていたので、たぶんうらやましかったんだと思われる。運動のために公園に来たから歩いてるんだって言ってるのに、しつこくベンチに座ろうと誘われた。。。

彼にナンパされる前には、インドのおかまさんカーストである「ヒジュラ」の人がいちゃついてるところを邪魔しにいってバクシーシ的なのを貰っていたwやっぱりいちゃついてるところにヒジュラさんにすごまれるとはやく去ってってほしいから、すんなりお金あげるよねww

しかし、ナンパするにもインド人同士ですればいいのにな。。。日本人の方が貞操観念がゆるいと思われてるのだろうか??(それにしては若者たちは公園の青空の下でベンチで膝枕してたりめっちゃいちゃいちゃしてたけど、、、たぶんちゅーしてる子達もいたような?)

そのときは、腕時計してたから「今何時ですか?」って聞かれるという超古典的な声のかけ方であった。。。

私、ついついそういうときに純粋に返事をしてしまうタイプなのがいけないのだろうか。。。
日本にいたときにはよく手相見せてください、とか宗教の勧誘的なのに声をかけられることが多かったし。でも、普通に道とか電車の乗り換えもよく聞かれるから、困ってる人なのかと思うと一瞬話聞いちゃうんだよね。。。
インドでも、近所の市場で野菜を買った帰りに道を聞かれて、教えてあげたこともあります(^^;
クリニックの面接に行くって言ってたから、医者の卵だったのかしら?
しかし、いっぱい人が歩いてるのに明らかに外国人風の私になぜ道を聞いたのかは疑問だけど。。。
インドもモンゴロイド系の人がいるからかなー?
しかし、道を聞かれたときはTシャツにジーンズとか洋装だったけど、「日本人?」って言われてナンパされたのは2回ともインドのパンジャビドレス着てたときだったな。。。

なんだか話がそれてきたけれど。

トラブルと言えばほかにも電子レンジから煙が発生したりとか、ウォーターサーバーが水漏れしてキッチンの床が水浸しになったりとか、それを修理に来るって言っても待てど暮らせどだれも来ないとか、ガソリン減りすぎ問題でドライバーさんともめたりとか、部屋の天井から水漏れしてきたりとか・・・。
電子レンジとウォーターサーバーは引越し早々のトラブルで、前から壊れてたので、大家さんに訴えたら新しいのを買ってくれました。。。
(これ、書いた矢先に、壁の電源スイッチから煙が出て天井扇が動かなくなりました。。。←New!)


もはや配達がなかなかこないとかそういうレベルではトラブルと思わなくなりました(^^;


あと、この半年の間に経験値アップしたことといえば、出張でビハール州に行ったのと、プライベートな旅行でマハラシュトラに行きました。

いやあ、デリーだけみててこれがインドだと思ってちゃいけないね!

インドは亜大陸と呼ばれるだけあって、やっぱり広いです。。。

ムンバイは都会でデリーより高いビルがたくさんあったし、海のまちの雰囲気があって。

旅行の目的地はムンバイじゃなかったので、ムンバイは空港から車で通り過ぎただけで、くわしくはみてないんだけどね(^^;
目的地は高原っぽい小高い土地のブドウ畑が広がるワイナリーで、その周りにある仏教遺跡やヒンドゥー教のお寺などなども見学しました。インド人のご主人とご結婚されて在住30年以上?のベテラン日本人マダムたちと、ムンバイ在住で日本語通訳(だんなさんが日本人)のインド人マダムと一緒に女性4人でワインツアー、楽しかった♪
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ブドウ畑。

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仏教遺跡。洞窟にこういうのがたくさん彫ってある。
私は行った事ないけど行った事あるマダムはアジャンタ・エローラの石窟にすごく似てると言ってました。そっちは撮影禁止らしい。

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ラーマーヤナに出てくるシーターがさらわれた場所とされる。

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その近くのガート(沐浴場)。牛の口から出てるお水にご利益があるらしいけど(清水寺みたいなもの?)やめておきました(^^;

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巡礼ポイントとされる12のリンガのうちひとつがあるというヒンドゥー教のお寺。携帯もカメラも持ち込み禁止で靴を脱いで参拝する。1時間以上行列して、ご本尊を拝めたのはほんの一瞬でした。お寺の入り口に、天神様の神社にあるみたいな座ってる白い牛さんの像があって、みんなその牛さんの耳に願い事を囁いていたのでまねしてみたけど、日本語は通じるのだろうか(^^;


デリーは公園とか緑は多いけどあまり開けた景色が見えないので緑に囲まれた山がすごく近くに見えたり、子どもたちが川で泳いでたりするのをみて、ちょっと開放的な気分になったり。
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ビハールでは首都のパトナで州政府刊行物集めたり、図書館を訪問したりしたあと、フィールド調査に同行させてもらってガンジス川にかかる橋を渡って、ネパール国境の村に行ったり。
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これがかの有名なガンジス川!とちょっぴり感動w車で橋渡っただけだからよくわかんなかったけどw
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一応、飛行機から見たガンジス川(たぶん)も。



農村では、藁できたおうちにウシとかヤギとかが普通にうろうろしていて(もちろんデリーにもウシやヤギはいるんだけど、もっと人間との距離感が近かった。)
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壁に牛糞を平たくしたのを貼って乾かして燃料にするそうです。
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ヤギたち。私の座ってる椅子の下に遠慮なくもぐりこんできたヤギの後頭部w

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調査中の様子。いろんな人が集まってきたw


水道がなくて井戸水飲んでたり、グラスが1個しかなくて、金属の壷に汲んできたお水を一人ずつ順番に同じグラスをすすいで飲ませてくれたりとか。トイレがある家が村中で2軒とかしかなくて、おうちでトイレ貸してもらったり。
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井戸。

でも見渡す限りの田園風景なんかは、米どころ新潟平野育ちとしては郷愁を覚えました(^^;
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滞在中にもう少し色々なところにいけるといいなーと思うけど、調査費はもう残り少ないので出張するとしたら自腹だなぁ。。。来年度かな。


あと、あんまり一人旅が好きじゃないので、旅行に行くにも道連れがいないとなかなかテンションがあがりません。。。

とりあえず、11月に知人が遊びに来るので一緒にタージマハルには行く予定!

やっぱり、旅は道連れ、世は情け。
だんなさんといっしょに家族でインドに来てる人のブログとかみると、トラブルで大変そうなのは同じで、私だけじゃないのねー。。。って安心するけど、家族がいるのと一人できてるのではやっぱり違うな~と思ったり。

しかも、私の場合はオフィスもないし、日本人の同僚すらいないからな。。。

日本から出張でたびたびうちの会社の人がお土産くれたりするし、日本人の知り合いはいるけどね(^^;

インド人の友達とかできたらいいなーと思うけど、赴任先の機関では「友達」と呼べるほどの関係性を築くことはまだできていません。。。
元々人見知りなのもあるけど、あんまり挨拶以外の会話をする機会がない。。。
仕事邪魔しちゃ悪いかなーと思うし。。。

やっぱりコミュニケーションの基本は言語だな、と思ったんだけど、ヒンディー語は先生にやめられてしまうし、普通にしゃべれるようになるにはわりとまだ道のりが長い気がするから、とりあえずブロークンな英語をもう少しなんとかする方向にがんばってみようかな。。。

PCでヒンディーを楽に入力するには?

雨の少ない雨季で、デリーでは8月の最高気温のタイ記録をはじき出したりしていましたが、やっとちょっと涼しくなってきました。

そんなこんなで、ちょっとは気力が出てきたので重い腰をあげて、ヒンディーのレッスンを始めることにしました。
日本でもちょっとだけならってはいたんだけど・・・ブランクがあるもので、だいぶ忘れてしまっております。。。

まあ、でも日本だと使うどころか聞く機会すらほとんどないヒンディー。

今は身の回りにあふれております。

オートリキシャやサイクルリキシャに乗ろうとするときとか、野菜とか買う市場の屋台や近所のお肉屋さんなんかでは、英語が通じなかったりすることもしょっちゅう。。。
なので、現地で習えば使う機会も増えてきっと上達も早いはず!?

が、がんばろう。。。

そんなこんなで、先週が一回目のレッスン。

普段は女子大で教えているという先生とマンツーマンでの授業ですが、黒板とかはないのでノートに書いてくれるんだけど・・・

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よ、読みづらい。。。*1

「黒板だとまだいいんだけど、ノートは字が小さくなるから・・・」
と言い訳してたけど、私はネイティブじゃないので余計に読みづらいです・・・。

復習しようと思ったけど、なかなかこれではやりづらいので、復習がてらPCで活字におこしてみようかなー。。。
と、思い立って、PCにヒンディー入力の設定をすることに。

普段、業務でカタログデータにヒンディータイトルを追加で入れて~って頼まれたとき*2には、ちょっとだけなので適当に済ませていましたが、今回はもっとじっくりヒンディーに親しんでみようかと、パソコンを設定してみることにしました。

ヒンディーをパソコンで入力するにはいくつかの方法があります。

その1 IMEの設定でヒンディーを追加

たぶん一番オーソドックスな方法。

普通にIMEの設定でキーボードを切り替えて入力する方法です。
でもぶっちゃけヒンディー語用のキーボード配列覚えてない身には使いづらい・・・.
スクリーンキーボード出しても文字数がアルファベットより多いのでけっこうお目当ての字を探すのが手間です。
でもまあ、1年に1回とか、1行くらいとか、ちょっとしかヒンディーを入力しなくていい場合にはこれでもなんとかなります。

以下に詳細な手順を書いてみます。



(1)言語バーにあるMicrosoft IMEの赤い丸いアイコンを右クリックして「設定」を表示
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(2)入力言語にヒンディー語を追加
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(3)キーボードをHIに切り替える
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(4)スクリーンキーボードを表示させて入力する。
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入力を切り替えただけでは、キーボード配列がまったく違うので、どのキーがどの文字に相当するのかを暗記していないと使えません。。。

たぶん熟練の人には必要ないんだろうけど、私みたいな初心者にはつらいので、スクリーンキーボードを出して画面で見ながらじゃないと打てません。。。
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前述のとおりアルファベットより文字数が多いので、ひとつのキーに複数の文字が割り当てられており、シフトを押して切り替えながら使います。

ちなみに、ヒンディーは表音文字で子音字と母音字を組み合わせることでひとつの文字ができる仕組み*3です。

たとえば「か」って書きたかったら「K」の音に相当する文字と「A」の音に相当する文字を組み合わせるわけです。

क+ा(आ)=का

( )の中は単体で「あ」って書いたときの形。キーボード上でみると、上の例みたいに点線の丸印がついてるんだけど、そこに子音字が入るのをあらわしているので、実際に書くときには丸のところには子音字がきます。



そんな感じで、とりあえずはこれでもヒンディーが入力できることはできるのですが、もはやABCDEでキーボードの配列を覚えている身には、新しく×2以上の文字の配列を追加で覚えるのはつらいものがあります。。。


そこで、私が今まで良く使っていた方法は・・・

その2 Google翻訳ヒンディー語「表音」入力を利用

Google 翻訳

文字はなんとか読めるけど、語彙が小学校低学年レベルの私には、アカデミックな資料に使われているヒンディーの単語の意味はわからなかったので、席を離れて紙の辞書を取りに行くよりお手軽なウェブ翻訳はよく利用していました。*4


昔はこの「表音」入力の機能って、なかったんだけど、いつからかオプションで入力方法が選べるようになりました。
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そうすると、さっきの例でいうと「」っていう文字を打ちたかったら普通にキーボードを半角英数にしてkaと打てばいいだけです!
読みを知ってればこっちの方が断然便利!!*5

文字入力はできても単語を知らない私は、スペルミスチェックもかねてGoogle翻訳の画面で発音に基づいてローマ字入力のまま入力して、意味を確認しつつそれをカタログにコピペする、という方法を良く使っていました。

たとえば、「ナマステ」だとnamasteと打って、こんなかんじになります。
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ていうか、カタログにデータを入れるときにはタイトルの原綴と読みを「翻字」して入力するので、必然的にこの「読み(音)をアルファベットで入力する」という作業は発生するし、この方法の方図書館の人としては手っ取り早いですよね。*6

あ、今回のエントリの趣旨とはちょっとずれるけれど、図書館での「翻字」に便利なのが
東京外国語大学附属図書館 入力支援システム VernaC
です。
けっこうお世話になっていました。ロシア語とアラビア語の翻字にも使えます。

しかし、今回のようにちょっとまとまった分量のテキストを入力しようと思ったら、いちいちGoogle翻訳の画面からコピペしていたら不便です。。。


というわけで、こういう読みからの入力方式を普段からWordとか検索窓とかで普通に使える方法はないものか?
いや、きっとあるに違いない!と、探してみると、ちゃんとありました!

その3 Indic Inputをインストールする(Windows)

ヒンディー語入力の方法 (以前にも ビザのところでリンクさせてもらったことがある「これでインディア」さんのサイトより)

いや、実は存在は知ってはいたのですが・・・(^^;
今まで業務用で使っていたPCには勝手にアプリケーション追加してインストールできない環境だったので、まあ、Google翻訳コピペ方式でいいか?と思って、インストールはせずにいたのです。

いや、そんな言い訳はおいといて。

これをインストールすれば、読みからヒンディーをじかにWordとかにも入力できてとても便利!!
そして、きっと使っているうちに翻字形も暗記しやすくなるというものです。

ちなみに、この読みから入力する方式のことをtransliterationというらしいのですが、辞書を引くと「字訳, 換字, 文字転写」とか出てくるけれど「翻字」のことでもあるみたい。

今まで、翻字ってローマナイゼーションって言うんだと思ってた!
これ↓の影響。。。
ALA-LC Romanization Tables
でも、考えてみれば、ローマ字にするのだけが翻字じゃないよね。。。
トランスリテレーション、っていうのか。。。新しい単語を覚えました・・・!

さて。実際の設定方法についてですが。

「これでインディア」さんに載っていた手順にしたがってやってみたら、簡単にできました!

【実際に使ってみた画面】
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インストールや適合するフォント、入力のくせなども解説してあって、すごくわかりやすいので、ぜひ、リンク先*7をご参照いただきたいのですが、一部、解説の内容と現在の状況が変わっているところがあったので、補足のみ書かせていただきたいと思います。

まずは【Tools】から【Downloads】をクリックする。

とあるのですが、設定用のファイルDL先の
BhashaIndia - Empowering Indic Language Computing and Localization through Unicode
のトップページには「Tools」というページへのリンクがなくなっていました。(たぶん。。。見つけづらいだけ?)
まあ、DOWNLOADSというリンクはあったので、そこから目的のファイルはDLできたし、特にクリティカルな変更ではないと思うけど。。。

そして、前述のページの解説にはWindows XPと7について書かれていますが、現在Windows8に対応した Indic Input 3という新しいバージョンも出ているということ。

しかし私が実際にインストールしたのは7用のIndic Input 2なのですが(^^;

【言語バーで切り替えたときのアイコン】
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あと、前述のWindowsですでに言語設定でヒンディーを追加している場合、あとからIndic Inputをインストールすると、前の設定も生きているので、Indic Inputを上にして優先順位を上げておくと便利だと思います。

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さて。

無事、入力環境が整ったので、これで、ヒンディーの予習・復習をがんばりたいと思います!!

*1:なんか英語の例文もちょっと変だけど、まあ言いたいことはわかるので突っ込まないでおきました。私の方が先生より全然英語下手だし。。。

*2:うちにはヒンディーだけの資料はほとんどなく、必要になるのは政府刊行物などでヒンディーと英語が並記の場合

*3:この辺、ハングルに似てる!でもきっと、成立の背景を考えるとハングル側が取り入れたのかも??

*4:でも、英語とかのポピュラーな言語と違ってやっぱり変な訳も良く出るし、紙の辞書の方が確実だけど。。。

*5:ちなみに、キャプチャ画像にもあるとおり、Google翻訳ではマウスでの手書き入力もできるので、読み方も何もわからなくても目の前にある文字を調べることもできると思います。

*6:でも実はヒンディーの入力が必要な部分だけは回ってくるけど、目録業務を担当したことがないのでちゃんとイチからカタログとったことってほとんどないんだけどね。。。

*7:ヒンディー語入力の方法 再掲

ごぶさたしています・・・。(言い訳と生存報告)

またしても忘れたころに更新。。。
うっかり3ヶ月も放置してました。。。

就職するまでパスポートすら持っていなかった私が異国の地で暮らしていけるのか、と思ったけれど、なんとか無事生きてます。
そりゃあ、いろいろあるけれど・・・ほんとに、いろいろ・・・。

でも、5~7月は毎日40度以上あるし、暑くて気力も食欲も出ないし、そんな中、ひとりで赴任してきているので手探りで仕事もしなきゃいけないし、日常に発生するトラブルを面白がってブログに書く余裕がなかったわけで・・・(^^;


なんて、放置の言い訳をば。。。

日常のこまごましたことは、手書きほぼ日手帳に記録したり、写真なんかはその都度SNSに投稿してたので、それで気がすんでいたというのもあるけれど。

でもやっぱり、まとめて文章にしてアップしようとおもって寝かせていたネタなんかもあるので、そろそろアップしていきたいなーと、思っています。

思っては、いるんだけど、またどうなることやら(^^;

とりあえず、書きかけで懸案になっていたFRROの体験談(無駄にくどい。。。)をアップしたので、あとは適当に日記風につづっていければいいなーと、、、

しかし、私、ほんとに実用的な情報を簡潔にまとめる才能がないな!><
職業柄、こんなことではいかん!と思うのですが。。。
でも、仕事でまとめるときは一切私情とかはさまずに情報だけまとめるけどね。。。でも簡潔にするのが下手なのは下手だわ。。。

体験談なら体験談で、情報は情報で、分けて書いたらよかったのかしら。。。

まあ、反省も踏まえつつ、これはプライベートなブログなのでゆるゆるっとすきなように書きたいと思いまーす♪

入国後、外国人登録手続き&住所変更手続き~リサーチビザの場合~

日本にいるときから諸先輩方に脅されていたFRRO(Foreigners Regional Registration Office)での手続き。

インドに180日以上滞在する外国人は原則14日以内に滞在先のFRROで登録が必要です。

以前は書類を持って直接オフィスに行っていたようですが、今はFRROに行く前にオンラインであらかじめデータを入力し、いくつかの書類や写真のファイルをアップロードする必要があります。(要スキャナ&インターネット環境。。。オフィスワーカーなら着任後すぐできるんだろうけど、前述のエントリのように私は最初ネット接続環境に恵まれなかったので、若干遅れをとりました。。。たぶんそれなりのホテルに泊まっていればビジネスサポートセンターみたいなコーナーでPCやスキャナも使えたんだろうなーといまさら思う。。。)

General Instructions for Registration by the Foreigners
(インド入管のサイトです)
http://www.boi.gov.in/content/general-instructions-registration-foreigners

ここに載ってる説明も、いまいち不明瞭で、しかも、いくつも説明の書類があって、それぞれ書いてあることが微妙に違ったり・・・

そして、ほかのビザの場合には~~が必要っていうのがたくさん載っているのに、リサーチの場合はほかに比べて書類も少なくて、ほんとにこれでいいの!?と不安に陥ります・・・。

たとえば・・・
http://www.boi.gov.in/sites/default/files/SupportingDoc-Reg-12.pdf からリサーチの部分をこぴぺ。( )内の日本語は筆者によるコメント

  • Application form (オンラインで必要事項を登録するとPDFで生成されるので印刷して持参します。)
  • Recent Passport Photograph
  • Request letter addressed to FRRO (Only in case of Delay / Overstay)
  • Original passport and copy of passport (photo page, page indicating passport validity, visa page and page indicating arrival stamp of Indian immigration) (写真とパスポートコピーはオンライン登録時にデジタルファイルが必要。サイズやフォーマット要注意。)
  • Address proof – copy of valid & notarised lease agreement or copy of recent electricity bill or telephone bill along with a letter from house owner & ID proof of the owner or letter from hostel/hotel or copy of ‘C’ form (私はまだ家を借りておらず、ホテルじゃなくて研究所の宿舎にいたので、研究所から公式レターヘッド&サイン入りで滞在を証明する文書を発行してもらいました。)
  • Bona fide certificate from the educational institute (in the prescribed format only). It should indicate duration of the Research and name of Professor/Guide (インドの研究機関からの証明書。これも、研究所から発行してもらったんだけど、ビザの発行が予定より1ヶ月遅かったおかげでインビテーションレターの記載と実際の滞在期間が1ヶ月ずれたので、そこを修正してもらったり、宿舎の滞在証明とあわせて1通にまとめようとされたのを「それ、要求されてるの別々のドキュメントだから、二枚に分けて!」って言ったりしてるうちに、カウンターパート(指導教官的な人の名前に該当)の名前を入れてもらうのを忘れ・・・まずいかなー?と思ったけど、なんとかつっこまれませんでした。。。ラッキー!?)
  • Fee payable , if any (to be submitted as DD after approval of application)
  • Any other supporting document (その他のって具体的に何よ!?)


でも事前に入念に心の準備をしていたおかげか、私にとってはこっちの方がビザよりもまだ楽だったと言うか、大使館相手のビザ手続きよりもちょっとはすんなり行った気がします。

以下、事前に得ていた情報と、その実際についての一例(→以下がコメント)。*注:FRROデリーの場合です。場所はR.K.Puramでハイアット・リージェンシーホテルの近くにありました。

  • 書類が大変

  → ほんとに大変。。。だって、何が必要かとか書式とかの情報が出揃ってない!

  • アプリケーションフォームは3部印刷

  → 1部でよかった。。。2部無言でつき返されました・・・。余った2部に貼った証明写真は、もったいないのでお湯沸かして湯気ではがして再利用しました。。。

  • 一回で終わらない

  → 私は宿舎で仮住まいのときに登録したので、二回目は住所変更に行ったけれど、最初の登録自体はなんとか1回で終わりました。

  • どうやらリサーチビザの場合、日本のインド大使館から何かレターが受け入れ先の研究機関に届いているらしいからそれが必要

→ 到着時に研究所の受け入れ担当の職員さんに「大使館から手紙きてませんか?」って聞いてみたものの「さあ?心当たりないね」と言われ。。。とりあえず、自分宛に大使館が出してくれた特別承認書を念のため持参したけれど、FRROでは特に聞かれず。

  • インド人の身元保証人的な人を連れて行かないといけない

→ たぶん、インド人身分証明書コピーと直筆サイン入りの身元保証書であるUndertaking Letterっていうのがそれにあたると思われるが、私の場合これも聞かれず・・・。
リサーチビザの必要書類であるBona fide certificate(正規のの研究者/学生であることを証明する書類)がそれに該当するような内容になってはいたんだけど、Undertaking letterの場合身元を保証してくれるインド人の身分証明書のコピー(サイン入り)を提出しなきゃいけないらしく、それがないから不安だった。。。とりあえず、Bona fide certificateは、オフィシャルレターヘッド&スタンプつきで、さらに受け入れ先の担当者の人の直筆サイン入りだったからよかったのだろうか。

  • 15:00過ぎると受付けてもらえないから朝早く行ったほうがいい

  → 確かに、オンライン登録した後に生成されるPDFの最後にInstructionが載っていて「Applications are accepted upto 15.00」って書いてあるんだけど、私がいったときは、そのPDF書類の右肩に「Appointment Date and Time」という表示が印字されており、その時刻になるまで受付してもらえなかったので、早く行き過ぎてもだめかも?(これ、最初時刻が印刷されてるのに気づかなくて朝一の業務開始前に行ってしまった。。。でももうけっこうな人が待っていました。)

  • インド人の手続きをよく知っている人と一緒に行った方がよい。

→ 受け入れ先の人に聞いてみたけど、誰も詳しくなく・・・。現地オフィスにもちょっと聞いてみたけど、ビザの種類や所属が違うのであまりサポートしてもらえず。(でも、書類のことを聞いたら教えてはもらえました。)
えいやっ!とひとりで乗り込んだところ、前に赴任していてけっこう苦戦していた人たちをみていたせいか、ドライバーさんに「ひとりでいくのか?大丈夫か?」とめっちゃ心配されましたwww「なんなら自分が一緒についていく!」といってくれましたが、たぶん誰かについてきてもらう場合には委任状?的な書類が必要だと思います。ヒンディーで話したほうが込み入った状況では話が通じやすいかもしれないけど、外国人登録の担当官みんな英語堪能です。。。
でも、登録サポート業務みたいなのを請け負っている会社もけっこうあるみたい。在住日本人向けフリーペーパーにも広告載ってるし、お世話になった不動産エージェントさんとかもやってるっていってたし。日本人に限らず、わけ知りそうなインド人に付き添われている外国人をたくさんみかけました。

上記をみてもわかるとおり、ケース・バイ・ケースというか、そのときどきで担当官の言うことも違ったり、書類についてもいうことが変わるみたいなので、この情報と食い違うことがあってもあしからず・・・。

なんか事前に必要って書いていなかった書類について言われたら、強気で言い返すとわりと通ることもあるのかも?(でもだめなものはだめで、Mandatoryって書いてあるものを持っていないとどんなに粘ってもだめっぽいです。めちゃめちゃ粘ってるアフガンの人とかいたけど・・・)

さて、以下は私の体験談です。

まず14日以内に登録が必要と言われたので、研究所の偉い人や事務の人に会うたびにこの件について色々聞いてみたりしたけど、みんなそれほど詳しくなく・・・(年に1,2人くらいは外国人受け入れているっぽいけれど、本人に任せているのかも?)
うちの会社の現地オフィスに挨拶に行ったときにも聞いてみたけれど、彼らは基本的に雇用ビザで、私の場合とは身分も手続きも違うため、なるべくそっちでやってくださいね、と釘を刺される。。。でも、書式とかはちょっと参考にさせてもらったりしました。
 
そして、登録には住所の証明が必要なので、まず最初に部屋探しを開始することにして、不動産屋さんと物件めぐりをする日々で1週間経過・・・
 しかし、契約成立までけっこう時間がかかりそうな雰囲気になってきたので、途中で断念し、14日以内に一回登録しなければ、と仮住まいのままでとりあえず登録だけをすませることに。色々よくわからないところもあるけど、とりあえずだめで元々、1回オフィスに行けば足りないものも指摘してもらえるでしょう、と。

 まず、オンライン登録手続きで躓いたのは、ファイルの指定・・・。
Online Application Forms http://indianfrro.gov.in/frro/
このページに書いてあるとおり、書類のコピーはPDFかつ、各ファイル容量200KB以下

写真JPEGで50KB以下で、サイズはUpload Photo in passport size (3.5 x 3.5 cm or 3.5 x 4.5 cm)って、何で二種類サイズがあるのよ!?それから写り方とか背景に非常に細かい指定があります。もちろん、あとで申請書に貼るのと同じ写真のファイルが必要だと思います。
写真をセンチメートル単位で指定して、さらにファイルサイズで指定って。。。
ピクセルとかにしてくれよ~。。。写真編集ソフトはたいていピクセル指定なんだよ!と苦労してピクセルとセンチの変換サイトとかをみたりして、手元にある機器でなんとかそれっぽいサイズに整えてアップロードしようとしたら、エラーでサイズが違う!とか怒られたり。。。
結局、変換サイトの計算結果よりちょこっとだけピクセルちっちゃくしたら、なんとかアップロードできました。。。

この辺、証明写真をとりがてら、街中にあるインドの写真屋さんに聞いてやってもらっていたほうがすんなりいくのかも。。。と、今となっては思います。。。
あと、部屋の賃貸契約書(に付属する書類?たぶん、警察署に外国人の登録をしてるっぽい)とか、携帯電話のSIMカード買ったりするのにも写真を要求されるので、写真はたくさん用意しておいたほうがいいです。。。私はビザ用の写真のCDRは持ってたんだけど、うっかり焼き増しし忘れてインドで適当に撮った写真で登録しました。。。それも、写真屋さんにそのCDR持っていってお願いすれば出力してくれたのかも??でもその辺の街角の写真屋さんで英語通じるかわかんなかったし、ヒンディーで説明できる自信ないし、到着当初にそこまで頭が回らなかった。。。

ちなみに、私が行ったお店のおじさんはわりと英語が通じました。写真のプリントアウトを待っている間、日本人だって言ったらブッディストか?と聞かれ、ブッディストのグルはいまやダライ・ラマぐらいだな、というような話をされたり。うち曹洞宗ダライ・ラマチベット仏教・・・(^^;


話がFRROからそれたけど・・・


写真もさることながら、PDFも200KB以下ってけっこうファイルサイズ小さいです。私は赴任先の図書館でリポジトリの登録用に使ってるスキャナを借りたので、デフォルトの設定がOCRテキスト抽出してたりして解像度も高め。そうするとファイルサイズも必然的に大きくなります。住所変更のとき、ファイルサイズの指定があったのをすっかりわすれ、、、うっかり何ページもある賃貸契約書をその設定でスキャンしてアップロードしようとして、容量が大きすぎます!っていうエラーになって登録したデータが全部消えてやり直し・・という悲しい事件がありました。。。

データ入力のあと、ファイルアップロードに行く前に、一時保存ができるので、もしものときのために一時保存してパスワード発行しておいたほうが無難かも。。。

そのようにして、各所から集めた書類のコピーと入力データをオンラインで申請したあとは、いよいよFRROに乗り込むことに。


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オンライン申請の最後に、予約したい訪問日を指定できるので、直近の日を指定。しかし、オンライン登録の翌日であった4月8日がRam Navamiというインドの祝日なせいか、選択できず。。。(もしかしたら、人数がいっぱいで選べなかったのかもしれないけれど。。。)これ、ぎりぎり14日目とかで祝日知らなかったりしたらピンチだったなーと思ったり。10日もインド総選挙のデリー投票日でたぶん休日だったと思われる。
何事も、ぎりぎりでは危険ですね><

そして、ネットで見かけた朝一でいったい方がいいという情報に踊らされ、自分の予約時間が11:30だ(前述のとおり、プリントアウトして持参するPDFの右肩に小さく印字されていた)ということも知らず、のこのこと9:00過ぎに単身FRROへ乗り込みました。。。

とりあえず、中に入ると、テントみたいな簡易的な屋根のある場所にベンチが並んでいて、前方に係員の人たちの長テーブルが置いてありました。(上に載せた写真の右側にあるグリーンぽいところが待合所・・・)
まだ、受け付け時間前だというのは知っていたけれど、とりあえず、係員ぽい人に聞いてみようと思って近寄ると「座って待ってるように」とベンチを示され。
すごすごと、通路を挟んだ右側の5列くらいあってすいてるほうのベンチに座ったら、別の待ってる外国人から「マダム、そこじゃないよ、こっちだよ!」と左側の3列くらいでいすが少ないほうのベンチを示され。
なんで?と思いつつも素直に移動したけれど、どうやら、右側はアフガニスタン人専用コーナーだったらしい。(パキスタン人とアフガニスタン人は登録の条件がほかの国と違うらしいのと、アフガニスタンからはインドに来やすいからたくさん来るらしい。)

そんなこんなでベンチに座って待つこと30分。だんだん人が増えてきて、ベテランぽい係員のおじさんが、待っている外国人たちの間を歩きながら英語で注意事項を話しだしました。受付開始時刻になると、9:30とか10:00とかの予約の人たちは、待合所の前方の係員に書類やパスポートを見せ、手書きの受付台帳にサインをしてから、トークン(これも手書き。しかも適当に4センチ四方くらいに切った何かの裏紙?に日付と番号をその場で書いてくれる)を渡され、上のフロアに移動します。

アサイチから並んでいた人たちが上のフロアに行ってしまい待ってる人が減ってきたころに、おじさんがうろうろと歩きながら、私の書類も「どれ、みせてみな」という感じでみてくれたけど予約の時刻が11:30だったためさすがにまだ登録はさせてもらえませんでした(^^;

しかし、4月のはじめとはいえ、屋根があるから日差しはそれほどではないものの、屋外の待合所なので暑いし(確実に30度は超えていたと思う)、お水のボトル持ってくるの忘れたし、だんだんふらふらに。。。
飴をもっていたのでそれをなめつつ、いったん外に出てその辺の屋台とかで水のボトルを買ってくるべきか・・・と悩み始めたころにやっと私の受付時刻に。

ベンチから立ち上がってトークン
の列に並んでいると、なんか横から割り込んできて順番の時刻じゃないのに早く登録にいかせろと訴える外国人(白人女性)とか、書類の不備で押し問答になってる人とかが発生し、あとちょっとなのになかなかトークンまでたどりつけず。。。そうかと思うと、生まれたてっぽい双子の赤ちゃんを連れた外国人のカップルは赤ちゃん連れ、ということで繰り上げて先に行かせてもらっていました。赤ちゃんには優しいインド。しかし、書類の不備や口八丁で順番ぬかそうとする人にはにべもないです(^^; 係員の目を盗んで横から列にするっと割り込んできた場合は除く。。。

なんとか書類を見せて、ほんとにこれが!?と思うような紙切れのトークンをもらい、上のフロアに行ったらウォーターサーバーが!生き返る~~~!とつめたい飲料水をごくごく。。。なんとか熱中症を免れました。。。。インド人はだいたいみんな自前でボトルを持ってること多いけど、お店とかでもすぐお水やチャイを出してくれるし、銀行の待合室とかそういうところにはたいてい自由に飲めるウォーターサーバーが設置されています。そのかわり、水道の水は飲めませんが。。。

一息ついて、周りを見渡すと、広い室内の内側に待合のベンチがあるんだけど座りきれずに人がごった返している
壁際にはぐるっと係員の人たちの席があり、入り口に一番近いところがどうやら最初の受付のようである。
混雑する室内の騒音に負けないようにマイクでトークンの番号を呼んでいる。
そこで書類をチェックした後、内容によって次はどこのカウンターに行くかを指示される仕組みらしい。

とりあえず、受付のところにさっきみた赤ちゃん連れの人が並んでいたので(私の直前の番号のトークンをもらっていた。)その列に並んでみる。そしてしばらくして列が前に進んだのでトークンを見せたら、この番号はまだだ、といわれ・・・。赤ちゃん連れてたから、ここでも番号より早く回してもらっていたというわけね。。。98とかそのくらいのトークンを持っていたんだけど、まだ80番台だったので、とりあえず座って待とうかしら、と思うものの、人の導線の関係で、真ん中あたりに空席があっても通路は狭いし回りにたってる人とかたくさんいるしたどり着けそうになく。。。

しばらくそのあたりに立ち尽くしていたら、受付前の席が空いたのでようやく座れた。。。これ、いすの数が生かせてないし、もっと通路広く取るべきじゃない!?それか、人がたくさんいるインドなんだし、待合室の交通整理する係員をおくべき!とか心の中で毒づいていたんだけれど、その2週間後くらいに住所変更手続きで再び訪れたときにはいすとカウンターのレイアウトが変更され、もっと待合室が快適になっていました・・・ただし、年度初めの混雑がすでに落ち着いた後だったので人はまばら。この変更をどうして一番混むであろう4月の頭にできなかったのかしら。。。とは思ったけれど、まあ来年登録する人たちにとってはよかったのかな。。。

FRROに2回行ったからこそわかるこの違い。。。

ちなみに、1回目はすごく混雑していたためか、ほとんど書類をじっくり読まれず、さくさく次に進まされましたが、2回目はすいていて係員も暇だったのか、ビザに書いてある私のリサーチの内容を読み上げ始め・・・(・・;)ここでうっかりめんどくさいこと聞かれたりしたら大変!と思って「あの、すでに登録はしていて住所変更だけです!!」と強調して放免してもらいました(^^;

あと、1回目は待合室の受付の人もベテランぽかったけれど、2回目に行ったときは新人ぽい人が担当で、ちらっと手元の書類をみたらビザの種類と手続き内容に対しての必要書類がリストアップされたカンニングペーパーみたいなものがあり、そしてそこには案の定「リサーチ」で「住所変更」っていう組み合わせは載っておらず・・・。
なんかいやな予感・・・(・・;)
と思ったら、やっぱり、そこでリストにないからしばらく悩んだあとに「ビザのコピーは?」とか聞かれ、「住所変更の必要書類には載ってなかったけど、ファイルもアップロードしてあるし、この間も提出したのに・・・」と思いつつ、ビザコピーは余分に持っていたので渡してみると、次に「研究機関からのレターは?」と言われ。レターはサインがオリジナルじゃないとだめだし、住所変更には絶対関係ないし!と思って「それはこの間出したし!」と押し問答。「住所変更のときの必要書類のリストにはなかった!」と強く主張してみたところ「赴任先の研究機関やテーマは変わっていないのね?」と口頭で確認されてなんとか許してもらえました。。。
リサーチビザ、ウェブでも事前情報が少ない上に、あんまりいないせいか係員も不慣れ。。。

事前情報にないようなことを言われて手続きで躓いたら、すごすごと引き下がる前に一回強気で言い返してみることをおすすめします。。。

さて、住所変更のことに話がそれたけれど、無事順番が来て、受付のところで書類確認をされ、前述のとおり3部必要なのかと用意してきたコピー渡したら無言で二部つき返され・・・そして、なんで?いらないの?と紙の束をそろえつつあわあわしているところに、ここにサインがない、と言われ、さらにあわあわしながらサイン。(PDFは印刷して写真貼るだけじゃなく日付とサインも必要だったらしい)、でも手書きでその場で書けばOKなレベルの不備でよかった。。。

サインしたら、次に行くべきカウンターを指示されました。
よかった・・・書類はとりあえず足りているらしい・・・。

次のカウンターに行くと、いったん書類を受け取って、呼ぶから待ってろ、と言われ。しばらく座っていると、どうやらシステムがダウンしているらしく・・・周りでざわざわともれ聞こえてきた話を総合すると、「またか・・・」「この間きたときもシステムがダウンしていた」とかよくあることみたい。停電のバックアップとかそういう問題ではなく、サーバダウンかな?きっとサーバの容量が小さい上にこの時期オンライン登録も多いだろうし、私みたいにうっかり大きいサイズのファイルをアップロードしようとする人とかもいたりするせいかしら。。。
しかし、IT大国インド。。。システム化の落とし穴がこんなところに。。。
その上、このシステム化、たぶん事前に入力データの形で印刷させることで、読みやすさとか、紙の節約(お役所側での)にはなっていると思うけど、事前に書類をアップして印刷させたりするくせにハードコピーも持ってこいっていうし、たぶん登録が終わるとデータを消去しているようで(まあ容量もないし、流出するのも困るから?)住所変更のときには、変更箇所だけの情報を入力すればいいのかと思いきや、ほとんどすべての情報をまたイチから入力する必要がありました。。。利用者にはまったく優しくないIT化・・・。

システム化すると、それがダウンしたらなんにもできないのね。。。人間は、機械が復旧するまでおろおろとただ待つことしかできません。。。

まあ、このときは10分以内くらいで復旧していましたが。そして、いよいよ名前を呼ばれ、カウンターに行くと「ここにはなにしにきたの?」と聞かれ・・・なんでそんなこと聞くんだろう???と頭にはてなを浮かべつつ「登録しに・・・?」と答えると、係員は苦笑い。その後、書類とデータを照合しつつ、「結婚しているか?」とか「入国日は?」とか形式的な確認の質問を口頭でされて、ああ、さっきの質問は入国目的が聞きたかったのか、と思い至る。。。でも書類に書いてあることを聞かれると思わなかったし、ここ、すなわちHere=Indiaって一瞬思わなかったんだもん。。。まあ、係員の人も深追いはしなかったのでそのまま流されましたが(^^; 

そして確認が終わると、「あそこのプリンタから書類が印刷されるから、それもってあそこのIn Chargeっていうところに行って」と言われる。プリンタ、遠い・・・。やっぱり導線がおかしい・・・こんな重要書類を本人に適当に取りに行かせるなんて、印刷の順番間違えて別の人と取り違えたりしないのかしら?と思いながらセルフサービスで書類を取ってIn Chargeな偉い人のところへ。。。
そこで最終確認のうえ、ぺらっとしたプリンタから出てきたA4のコピー用紙にえらい人の直筆サインを貰って、終了です。。。

こんなぺらっとしたのが重要書類だなんて!偽造されそう!なくしそう!うっかり捨てそう!>< 昔は冊子だったらしいのに・・・。
ちなみに、住所変更は、データを1から入力させるくせに、新しく発行されれるのではなく、住所をここに変更しましたよ、という別のA4が印刷され、最初の登録書類にステープラーで無造作にとめられるだけです。。。これだけ???うっかりはずれそう!偽造されそう!(以下略

この外国人登録兼滞在許可書の書類は、ぺらっとした重要性の薄い書類にみえて、その実、いろんな契約のときの証明に必要だったり、観光地で持っていると入場料などがインド人料金になったり、飛行機に乗るとき(国内線含む)に提示を求められたり(私この間乗ったけれど求められなかった。。。でも、これを携帯していなくて危うく乗れないところだったという話も聞いたことあります。)いろんなところで必要になるらしいので、パスポートと一緒に大事に保管する必要があります。

あと、有効期限が1年間なので、私は2年間のビザで来ているから、1年後にもう一度期間延長の手続きにいかなくちゃいけないんだろうな・・・。
件の登録手続きに関するインストラクションをみると「Residential permit is issued at the time of registration, its validity being the period of stay specified in the visa. Application for extension of the Residential Permit should be made at least TWO months before its expiry to the nearest Registration Officer in the prescribed form.」って書いてあるんだけど、私はビザの期間とはずれている。。。少なくとも2ヶ月前って、いつから延長手続き開始できるんだろう。。。4月はFRROが混雑することがわかったので、なるべく込んでない時期に行きたいな~。